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ダイヴ・バー No.42(山中 眞由美 回想 in LA) - Hacchi-

2022/11/18 (Fri) 16:09:49

 両手に紙カップを持ち、じゃれ合う子供たちの間を優雅にダンスするように彼らを避けながら、その都度、行き交う人々に、微笑みながら軽く挨拶を交わし、こちらに向かってくる康明は、どこから見ても、好感の持てる、カリフォルニアンそのものだ。 と、眞由美は、思うと同時に、偶然に彼に会えた出来事にも興奮していた。

 「お待たせー はい、カフェ・モカ」
 「ありがとう。 康明君は、レギュラー・コーヒーかな?!」
 「もちろん。 ただ、ここのレギュラーより、コーヒー・ビーンズのほうが、酸味があって好きだけどね」
 「あら、じゃあバーナーズ・ブック・ストアに行けばよかったね」
 「ハッハー かまわないよ。 ここのレギュラーも悪くないさ」
 「そう。 ならよかった。 それにしても、偶然ね~」 
 それは、うそだった。
 康明の従妹の壮一郎から、康明が、サンタモニカ・カレッジで講師についているのを聞いていたのだ。

 壮一郎も国立東京教育大学付属高校の同窓生だ。
 
 眞由美は、もしかしたら、康明に会えるかもと、行政官長期在外研究員制度を利用し、留学先にUCLAを選んだのだ。

そして、休日の息抜きで、ここサンタモニカを訪れた理由の一つに、もしや彼に、ばったり出くわすかもという、願望が、あったからだった。

 「ぼくは、偶然を信じない。 偶然の裏に潜む原因と結果の因果関係性及び・・・」
 
 眞由美は、康明の発言を遮って、「待って! それって、ユングの言う、シンクロニシティを言おうとしているの?」

 そうなら、確かに、この出来事には、原因と結果に因果関係があると思った。
 すくなくとも、眞由美自身にはだ。

 「いや、これは、ぼく独自の『理論さ』」 と、康明は、笑みを浮かべながらも、射抜くような目で眞由美を見つめた。

ダイヴ・バー No.41(山中 眞由美 回想 in LA) - Hacchi-

2022/07/09 (Sat) 19:07:52

 ”松平 康明” 国立東京教育大学付属高校のクラスメートだった康明君だ。

「Do I know you?」 とは、当時、付属校で流行っていたセリフで、どこかで、付属校生と、鉢合わせしたときに言うセリフだ。

 ハリウッドのラヴ・コメディ映画のラスト・シーンからきているセリフで、当時の付属校生なら誰でも知っているセリフだ。

それだけ、当時、流行っていたセリフなのだ。

そのセリフを今、このサンタモニカで聞けるとは、なんてことなの?!

しかも、突然付属校去った、康明君から!

ア~ ライフイズビューティフル だわ~
 

 あれは、一年の一学期修了日の日だ。

 康明君は、何の前触れもなく、突然、「おれ、カリフォルニアの高校行くから、今日でみんなとは、お別れだ。
まあ、気が向いたら遊びおいでよ」と、立ち去ってから、10年余り。

一時帰国したと言う、知らせも、噂もなかった。 

それ以来になる。

 当時から、なにか浮世離れしていたというか、無国籍感漂わせていたけど、ますます磨きが掛かって、只者じゃない感たっぷりって感じで、カッコイイ~ 

 眞由美は、突然、この空間が甘酸っぱい香りに包まれたようで、それは、とても不思議な感覚で、心地よいものだった。
それに、彼になのか、この状況なのにかは、わからないけれど、ときめいている自分に少し驚いていた。

 「康明君?! ひさしぶり~ 付属高以来よね?! あ~なんとなく当時の面影あるわ~」

 「ハッハッハ~ 眞由美も…」 といってから、康明は、眞由美を品定めするかのように、角度を変えながら観察すると、「フ~~Hot! 失礼。 眞由美、思っていた以上に素敵な女性になったね~」 と、感心したかのように、二、三度頷いた。

 眞由美は、少し頬を赤らめながら、俯き加減に、「やだ~ そんなにじろじろ見ないで~  でも、ありがとう。 お世辞でも嬉しいわ~ 康明君も素敵なカリフォルニアンって感じで、結構いけてるよ」

「ハッハー センクス! 法的にカリフォルニアンには、違いないけど、日本男児でもある」 と、康明は、お道化たように、眞由美向かって、一礼すると、「ボーダーズ、入ろうとしてたんだよね?! お茶しようよ」 といって、先に、すうっと歩き、ドアを引き、眞由美を店内に招いた。

その所作は、まるで英国紳士かなにかのように堂に入っていた。

 康明は、すうっと、眞由美の横に並ぶと、「眞由美、何にする?」 と、ボーダーズ・ブック・ストアに併設された、シアトル・ベスト・コーヒーの方を顎で、指し示した。

 眞由美は、「あたし、ここのカフェ・モカが好きなの」と、はにかんだ様な微笑を浮かべて、彼を見つめた。

 彼は、「I got you」 と、ウインクし、「では、眞由美は、適当な席で待っていてよ」 と、言い、来るっと回ると、背筋を伸ばし、少し混雑した店内を周りに気を配りながら、優雅にカウンターに向かう。

 眞由美は、付属高校時、康明君が渋谷を闊歩していた頃の彼の後ろ姿とリンクし、不思議な思いで、彼の後ろ姿を見つめていた。

ダイブバーNo.40(山中 眞由美 回想 in LA) - Hacchi-

2022/06/09 (Thu) 18:30:57

 山中 眞由美は、ヤスが初めて ”シンクロニシティ” について、語った日のことを思い浮かべていた。

 眞由美とヤスは、サンタモニカの3rdストリートプロムナードで、偶然の再会をした。
 
 その日の眞由美は、朝から、ウエストウッドにある大学寮で、政治哲学研究の宿題と格闘していた。

 眞由美は、行政官長期在外研究員制度のもと、UCLA大学院に派遣されてから、一か月が、経とうとしていた。

 この講義では、主に、ジョン・ロールズのリベラリズム、ロバート・ノージックのリバタリアニズム、マイケル・サンダルのコミュタリアニズムとは? を学んでいる。

 今回の主題は、ロバート・ノージックの著書『アナーキー・国家・ユートピア』を読み、次の講義でのリバタリアニズムに関するディベート準備である。

 えーなになに、

…最小国家の道徳的な正当化、財産の再配分を行う福祉国家に対しての
批判… 

 へ~ 彼は、福祉国家に反対なのね。

 …ミナキズムを実現可能なユートピア …社会の複雑性と人間の人生目標の多様性を前提とするならば、ユートピアには人生の理想を試行する多種多様な共同体が存在しなければならない… 

 ふむふむ。

 …国家の樹立に対しては、社会契約に基づいた構造物ではなく、アダム・スミスが論じた市場での神の見えざる手と同様に…” 

 アダム・スミスって、中学の倫理道徳の教科書に載ってたやつね?! 
ってことは、アダム・スミスの『国富論』も読んでおいた方が、良いってことよね?! 
てか、必須?! 
でも、それって18世紀の著書だよね?! 
ひえぇぇー と、眞由美は、”ムンクの叫び”のように、両目を大きく見開き、両手で頬を抑え口を丸く作ると、やおら椅子から立ち上がり、窓から見える、中庭の緑の芝とパームツリーそして青い空に向って、

 「Let's take a break!」 と呟くと、バックパックと、数枚のカードと小銭を掴んで、寮を出た。

 ウイルッシャ大通りまで、歩くと、ちょうどサンタモニカ行きのメトロバスが、バス停で止まったので、それに乗った。
席は空いていたが、10分ほどの距離なので立つことに決めた。

 やがて、左手に、スパーマーケット・チェーンのトレーダー・ジョーズ、そしてホームセンター・チェーンのターゲットが見える。
眞由美は、それらのチェーンに入って、ただぶらつくのが好きだった。

 大学3年時に、ボストン大学へ留学したときも、アメリカ巨大チェーンを見て回った。
日本には無い商品の数々や品の大きさ、そしてウォールマートやコスコに代表される店舗の大きさに驚嘆した。
This is USA と思ったものだ。

 帰りに寄っていこうかな~と、独り言つ。

 眞由美は4thで、降りた。

 1ブロック下りて、3rdストリート・プロムナードに入った。

日曜とあって、人もパフォーマーの数も多かった。

 まずは、ボーダーズ・ブック・ストアに入って、お気に入りのカフェ・モカを飲みながら、窓際の席に座って、何か雑誌でも眺めながら、通りも眺める事にしよう。

 アメリカの本屋チェーンのバーナーズとボーダーズは、コーヒー・ショップと併設されていて、自由に本や雑誌を席に持って行って、読めるのだ。

眞由美のお気に入りの場所の一つだ。

 まさに、その店に入ろうとしていた眞由美の背後から、「Hey」と、言われ、少し緊張して立ち止まると、軽く背中をトンと叩かれた。
少し体を請わばされながら、振り向くと、セミ・ロングの髪が、日焼けと潮焼けで少し茶色になった感じで、お決まりのサングラスに、何か絵の入ったTシャツ、短パン、スケボー・シューズという出で立ちで、絵にかいたアジア系カリフォルニアン風の男が、白い歯を出して微笑んでいた。

 その彼が、ちょっと左眉を上げ、「Do I know you?」 と言った。

 驚いた。

 ”康明”だ。

ダイヴ・バー No.39(山中 眞由美 in 霞が関) - Hacchi-

2022/05/21 (Sat) 17:45:36

39 (山中 眞由美 in 霞が関)

 部下の富田 康介(こうすけ)に、目で第二会議室を指すと同時に、机の上にある携帯の着信メールの音がフォ~ンと鳴った。

 それは、娘であるリサ専用の着信音だ。

 総務省国際戦略課長の山中 眞由美は、「あ~ 康介君、悪いけど先に行ってて」と、主査の富田 康介に告げると、改まったように椅子に座り直すと、背筋を伸ばした。

 平日の当庁した午前中に、リサが携帯にメールを送ってくるなんてことは、あの娘が留学してから一度もなかったことだ。
他者には、天真爛漫、自由奔放な娘に見られがちだが、繊細で気遣いの出来る子なのだ。
なにか、急を要することで、重要な事に違いないと、眞由美は、考えていた。
心拍数が上がって来ていることを自覚する。 そして携帯を握る手に汗が吹き出て、不快だった。

 眞由美は、ぬるくなったお茶をすすると、一度深呼吸してから、リサからのメールを開いた。

 『ママ、元気?

わたしは、元気よー
ごめんね、こんな時間にメールして。

 アメリカ的に、ズバリ聞くけど、

 ヤスの居所もしくは、連絡先わかる?

 ママがUSCに留学時、ヤスとダイブバー行ったときに、リョウというハスラーに会ったでしょう?!
実は、リョウさんとは、ユウちゃん介して知り合いなの。
それで、リョウさんの語るヤスの事聞いているうちに、ママが語ってくれた、”シンクロニシティ”感じたのよ!
なので、居ても立っても居られず、メール打ちました。

 でも、返信は退庁後でも良いよー

 ママ I love you
リサ』


 眞由美は、「シンクロニシティ…」 と、呟くと、凍ったように携帯画面をしばらく眺めながら、動きを止めていた。
 

ダイヴ・バー No.38(リサ、優平&田口 了in Venice beach LA) - Hacchi-

2022/05/07 (Sat) 17:03:31

 「ちょっと待ってよー リサちゃん、いきなり電話はどうかな~?」と、田口は、慌てて前のめりに手を伸ばし、家に入ろうと立ち上がるリサを止めた。

 椅子の背もたれに片手をかけ、半身に振り返るリサは、左眉を少し吊り上げると、「いけない?」と、田口と優平を交互に見た。

 田口は、突っ張るように両手をテーブルの真ん中に突くと、
「いきなり、電話はどうかな~リサちゃん! お母さん、相当驚かれるんじゃない?! しかも、日本は朝一だしさー」と、腕時計の時間を確かめると、
「ほら、今朝の6時15分だしね」と、前のめりでリサに、諭すように言うと、優平の方に顎を突き出し、同意を求めるように、「ねえ、優平君もそう思うでしょう?!」と、言った。

 優平は、極度のストーンド状態に陥ていたので、眼を瞬きながら、何度も頷き、やっと言葉を発したのが、「う~ん う~ん」であった。

 リサと田口は、目を合わせると、二人同時に、目を丸くし、「ぷっ~」と吹き出し、「ストーナーズ」と異口同音に言うと、お互いを指さしながら笑い転げた。

 そして、優平も一緒に腹を抱えて笑い転げた。

 優平は、笑いながらも、どこか冷静に、『腹の底から笑う』とは、今、自分の身に起きている事をいうのだろうか。 
腹筋を使っているから、人は、腹に手を当てるのか。 
小、中学校のころは、頻繁に、こんな風に腹を抱えて笑い転げていたのに、最近では滅多にない。 
それって、あの頃は、無邪気なガキだったからか。 
そして、人は成長していくに連れて、その無邪気が削ぎ落されて行き、『腹の底から笑う』という、行為も失われて行くものなのか。 
だとしたら、それは、とてもとても悲しいことだ。 
と、そんな『腹の底から笑う』を考察していたら、腹を抱えて笑い転げながら、涙も出てきた優平は、至福と感傷が相まった情動が、南カリフォルニアの雲一つない青く高い空に、三人の笑い声と共に登る様を思い描いていた。

「なにー はっはっは、ユウちゃんたら~ はっはっは 涙まで流すほど、はまってるわけー はっはっは」と、リサは、一つ手を叩くと、意を決したかのように、深呼吸すると、「Okay なら、ママにメール打つわ」と、椅子に座り直すと、同意を得るように、了と田口に目配せした。

ダイヴ・バー(マユミとヤス) No.37 - Hacchi-

2022/04/08 (Fri) 15:13:22

 霞が関合同中央庁舎第二号館には、行政管理局、行政評価局、自治行政局、自治財政局、自治税務局、情報通信国際戦略局、情報流通行政局、総合通信基盤局、統計局の9局と大臣官房、政策統括官等の総務省主要組織がある。

 山中 眞由美は、情報通信国際戦略局-国際戦略課の課長に今年度の4月に就任したばかりであった。 

 山中 眞由美は、11階にある国際戦略課長席から眼下に見える桜田通りを眺めていた。

 午前9時を過ぎた上下4車線は、多種多様な自動車で埋め尽くされていた。
それらが、秩序と程よい緊張を保ち、整然と、動いては止まりまた動いては止まりを繰り返していた。
その様を眺めながら、この国の人々の行儀良さに、感服すると同時に、なにか得体の知れない気味の悪さを覚えた。

 総務省曰く、ICT 情報通信技術は、経済の成長、競争力の主要な源であり、この分野の国際競争力の強化を図ることは経済全体の成長を牽引する大きな原動力となる。
 情報通信国際戦略局では、グローバルな視点から、ICT分野における戦略的な研究開発や標準化、海外展開活動などを国際競争力強化の流れの中で一体的に推進するとともに、ICT分野のみならず、総務省が幅広い分野で取り組んでいる海外展開の取り組みをオール総務省として総合的、戦略的に推進すると、謡っているが、その”オール総務省として”が、一番の足枷になっていることを霞が関官僚たちは分かっていない。 いや寧ろ、大多数の官僚がそれを望んでいないのではなかろうか。
 何故なら、彼らの多くは、少ない霞が関椅子取り合戦に一意専心し、そして霞が関官僚として個人的な権益、利権、特権を長い間後生大事に守ってきているのだからと、山中 眞由美は考えている。

 「山中課長、深センの件なのですが、ちょっといいですか?」

 深セン市は中国最初の経済特区だ。
そして、次々と計画されている中国新都市建設のモデル都市だ。
 中国のシリコンバレーと呼ばれ、深センの一週間はシリコンバレーの一か月などとも言われている。
山中 眞由美は、それに皮肉を交え、深センの一週間は日本の一年ね、と良く気の合う同僚に、こぼす。
 
 80年代から日本政府、企業ともに関わりは深い都市だ。

 以前、山中 眞由美が総務省からEU本部に出向になったとき、同僚から攻められるように、「中国経済をここまで押し上げたのは、日本よ」と、よく言われたことを思い出し、苦笑する。

 先ほどから山中 眞由美の机前に立ったまま返答を待っている部下の富田 康介に、「山中課長、どうかされました?」と、訝しげに顔をのぞかれた。
 「なんでもないわ」と、椅子から立ち上がりながら、富田 康介に目で第二会議室を指すと、同時に机の上にある携帯の着信メールの音がフォ~ンと鳴った。

 それは、娘であるリサ専用の着信音だ。

さすがやま川君!!! - Hinna

2022/03/17 (Thu) 10:41:29

すでに回答用紙が用意されていて驚きです!
サンキュ~~!!
今年もよろしく~~~!!!
頼りになるなぁ!!!!

ダイヴ・バー No.36 - Hacchi-

2021/07/17 (Sat) 13:37:16

 田口は、改まったように背筋を伸ばし、膝に手をあてると、リサを真っ直ぐ見つめた。
そして、視線を外すと、腕を軽く組み、椅子の背に軽く体重移動すると、遠くを見るような眼を空に向けた。

 この男、いちいち芝居がかってるな~と、リサは思った。
そんな田口をリサは嫌いではなかった。
寧ろ、語り部としての田口は、いけてると思っていた。

 「あれは、ぼくがLAに着いて2週間ほどたった頃かな~ 
 チャイナタウンにあるバーに、ドクターと呼ばれている東洋人風の腕利きハスラーが居るといううわさを聞いて、8時ごろに様子を見るつもりで行ってみたんだ」 

 「チャイナタウンのバーに、日本人が一人で行くのは、相当な覚悟がいるわね~」 と、リサはそのシーンを浮かべて、おどけたようにすくんで見せた。

 「ハッハー それが行ってみると、案外そうでもなかったのよね~ 
そりゃ、どこの街のチャイナタウンも一種独特の雰囲気があって、中国語飛び交ってるイメージあるけど、いきなり首切られたりはしないわよ~ 
入ったバーなんて、良きアメリカのバー、そこってアメリカのどこの街でも一軒や二軒はありそうな、ジュークボックスがあって、ビリヤード台があって、長いカウンターバーがあってというやつよ」

 リサは、子供のころに観たアメリカ映画のバーのシーンのいくつかを思い浮かべていた。

 「それで、その店に入って、バーカウンターでビール注文してるときに、奥の方から、『ヘーイ ドクター・ヤス @*+#・・・』 という声が、奥の方から聞こえてきて、あれ?! ヤスって日本人の名前よね?! と思って、それで、ビールもって急いで奥の方に行ってみたわけ。 そしたら、長い黒髪をポニーテールにして、程よく鍛えたしなやかな身体してるって感じの色男が、ちょうど、キューを打とうとしている姿が目に飛び込んできたのよー」 

 そこまで言うと、田口は芝居がかったように両手で口を押え、
「あたし、なにかデジャヴュか何かのような、ちょっと説明つかないような感情におそわれたのね」

 「そのヤスが、リョウさんが前に、私に似てるって言ってたヤスなのね?!」

 「そう、そのヤスよ。
 一目で惚れたわよー
 彼のキューを弾いたときのあの一瞬の静粛の間、それはまるで世界が停まったような感じで~ まるで世界中の生き物が、いやそこの壁でさえ、彼に目を奪われたみたいに、固唾をのんで見入ってしまうの」

 田口は、一瞬息を呑むように、表情と身振り手振りといった動作を止めると、

 「トンとはじかれたキュー・ボールのアクションは、想像していたよりも、美しいラインを描いて走るわけ。
それで、そのキュー・ボールは、そうー それは、まるで上質のマエストロの如く、カーンと、音を響かせて、球をヒットして、ポケット・インするわけよ。 
そして、ここに?! と、いうところにキュー・ボールは停まるのよ」

 田口は、ふうっと、一つ浅い吐息をもらすと、「それは、ただのビリヤードとか、パフォーマンスだとか、芸術だとか、そういう俗物なものじゃないのよ。 
それは、異次元とか、別世界とか、違う星とかのレベルなのよね~
分かる~?!
それで、そのヤスの連れが、絶世の美女 ”マヤ” すなわち、リサちゃんのお母さんなのよ~」

 リサは、ここまでの田口の語りを聞き、自分なりのヤス像を描いていた。
もし、自分がこのときのヤスに会っていたなら、恋に落ちてしまいそうな男なのだろう。
だって、ママはこのとき恋に落ちていたのだから。
そのときの若い母親を想像してみる。
霞が関のキャリアの若い女が、留学中のカリフォルニアで、身籠るほどの恋に落ちる。
若いときのママって、案外飛んでたのね~と、そのときと現在の母親と比較して、おもわず笑みがもれる。

 ママに電話してそのときの事聞いてみたい。
ヤスと過ごした時間とか、どうして、私を産もうと思ったのか? 
パパは、ヤスとの子と知って、ママと私を受け入れたのか? 
リサは、それらの疑問に答えるママを想像すると、わくわくして、居ても立っても居られなかった。

ダイヴ・バー No.35 - Hacchi-

2021/06/27 (Sun) 12:50:29

 メールを打とうとするリサを、田口は椅子から腰を浮かせ、テーブルに手をつき、必死の形相で思い止めようと、試みる。
「リサちゃんさー、いきなりお母さんに、メールするのはどうかな~と思うのだけど。
ほら、これって微妙な、そのセンシティヴな問題でしょう?!
お母さん、心臓止まっちゃうほど驚くだろうし、本当に止まっちゃうかもしれないしさ。
それに、まだリサちゃんにヤスのことほとんど話していないしね?!」

 リサは、携帯をテーブルに置くと、長い脚をゆっくり組み、軽く腕を組むと、「そりゃあ、ヤスさんのこと聞きたいわよ~ 
でも、ストウナアズの二人は、歌うとか言い出したじゃない?!
だったら、ママにメールして聞いた方が早いと思って」
と、リサは少し頬を膨らませ、拗ねてみせる。

 優平と田口は、同時に面目ないとばかりに肩をすくめた。

 リサは、フフッと笑うと、「可笑しい。
二人を見てると、なんだか ”チーチ&チョン” とか、仲の良い”叔父と甥” みたいねー」 というと、ケラケラと笑い出した。

 優平と田口は、見つめ合うと、照れ笑いをし、同時に「そうかな~」 と、頭を掻く。

 リサは、二人に指を差しながら、手を叩きケラケラと笑うと、「ほら、どうみても ”チーチ&チョンだわー
悪くないコンビよ~」 というと、またケラケラと笑った。

 元来お調子者の田口は、少し弛んだ顎をぷりぷりと揺らせながら、背筋を伸ばすと、田口自慢の ”マリーズボックス” に手を伸ばすと、嬉しそうに、「えっへん!
おほめにあずかりましたので、ここはひとつ、ビッグジョイントを作らせてもらいます」 というと、ロング・ペーパー・パッケージから2枚引き出した。

 「リョウさん、それはとてもありがたいのだけれど、その前に、ヤスさんのこと話してくれる?」 と、リサは子供を諭すようにゆっくりと丁寧に一字一句発音した。

 田口は、その2枚のペーパーを持ちながら、「ウ~プス」 というと、首をすくめて、静かにそのペーパーを ”マリーズボックス” に戻した。

 優平は、二人のその一連の会話や所作を傍観者のように眺めていた。
リサは、俺たちが甥と伯父のようだというけど、寧ろリサとリョウさんが、”姪と叔父”のようだ。
二人をみていると、飽きない。
いや、永遠とみていたいとさえ思うし、この場を共有していたい。
 
 リサは、上質な映画や演劇に登場する主演女優のような華やかさがあるし、田口は田口で名バイ・プレーヤーとしての存在感があると優平は、思った。
それと同時に、また口に広がるあの不快な味がやって来た。
これが、どうしようもない劣等感というものなのか。

 この負の感情が良い曲を生むのか。

 ときより雲や雨が恋しい
 乾いたそよ風が頬を撫でる
 青くどこまでも高い空の彼方へ
 南カリフォルニア
 あ~ 南カリフォルニア

ダイヴ・バー No.34 - Hacchi-

2021/06/19 (Sat) 11:27:01

 田口は、リサの話を聞くと同時に、ヤスとの出会いを思い出していた。

 「ハーロ~?!」 と、語尾を伸ばし、リサはお道化るように顎を突き出し、田口に声をかけた。

 「ハッハー ちゃんと聞いてるよー リサちゃん」 というと、田口は姿勢を正し、真っ直ぐリサを見つめ、
「結論から言うと、現在ヤスがどこで何をしているか、ボクは知らないんだ」

 「オゥケィ。 それで、最後にヤスさんに会ったのはいつなの?」

 「ボクが最後に彼に会ったのは、14、5年前かな~ サンディエゴのダウンタウンにある、スター・バーという、謂わばダイヴ・バーね~」

 優平は、椅子から少し尻を浮かし、「あっ、そこって一度リョウさんに連れてってもらったところですよね?!」

 「そうそう、あの頃は今の改装する前の店で、まだ、古いジュークボックスがあって、今よりずっと怪しげで、飲んべが朝から溜まってたわね~ 
 バーテンダーは、アジア系のお姉さんたちで、タンクトップからシリコン入れた胸が溢れそうだったわね~」 と、田口は目を細め、回想するように、ぽつっと、グッドオールドデイズと、囁いた。

 「へ~ あのバーにジュークボックスあったんだー それって、ワーリッツァですか? それとも、シーバーグ?」 と、アメリカの古き良きものに精通している優平は、前のめりになって、田口に迫る。

 田口は、優平の気勢を抑えるように、両手を大袈裟に半開きすると、「カ~ムダウン! 優平君。
ボクは、ジュークボックスに詳しいわけじゃないけど、確かあれは箱型でドーナツ版が見えない奴だったと思うけど?!」

 優平は、少しがっかりしたように、軽く頷くと、「では、70年代以降の製品ですね」 と言った。

 「ヘ~イ ユウ ガ~ィズ! ジュークボックスの話は置いといて、ヤスさんの話に戻してー
ストゥナ~ズの悪癖、話が脱線すると本線に戻らず。 
そして、回しているジョイントが、誰かの指に挟まれたままステイする」 と、リサは腕を組み、目を細め、優平の手元に視線をやる。

 優平は、リサの視線を目で追い、自分の人差し指と中指に挟まれた火の消えたジョイントに気づくと、少し照れたように、首をすくめると、そのジョイントに火をつけ、軽く吸うと、それを親指と人差し指に持ち替え、火のついた先を真上にし、どうぞとばかり、丁寧にリサへ渡す。

 リサは、片眉を少し上げ、フフンというと、長い人差し指と中指で、そのジョイントをつまむ。
ショートパンツからのぞく、程よく鍛えた長い脚をゆっくりと優雅に組み、背筋を伸ばし、顎を少し突き出すと、軽くスゥと音を出しながらゆっくりとフ~と吐き出す。
そして、田口に微笑み優平と同じようにそれを持ち替え、渡す。

 その一連の光景を眺めていた田口は、なぜなのか自分でも解らずに笑いのツボに嵌り、リサから渡されたジョイントを指に挟んだまま、腹を抱え、足をバタバタいわせながら、笑い転げる。

 「あらあら、リョウさん。 ストゥナ~ズ症例その一、ノンストップラッフィングなのねー ハッハー それは悪くないことよ~ ハッハッハッハー やばいー ハッハッハー うつって来ちゃったかもー ハッハッハッハー」 と、リサは腹を抱え、田口に指をさしながら笑い転げる。

 優平は、数か月ぶりに会うリサと久しぶりに会う田口を交互に眺めながら、この二人って、本当に気が合う仲なんだなと、微笑ましくもあり、なんだかちょっと嫉妬心も浮かぶ自分って、なんだかちっぽけな人間なのかなと思うと、口の中に苦く、べたつく味がこみ上げてくる。
 二人とは、人間の器の大きさが違う。
資質とか素質とか遺伝子とか決定的な生物の序列・・・

 「ハー おかしい。 ハロ~ 優ちゃん、なに~ 一人インナートリップ?!」 と、リサは大袈裟に目を見開き、優平の方に顔を近づける。

 「いや~ 笑い転げる二人を眺めてたら、なんだか微笑ましい気分になってさー」 と、無理に微笑んでリサと田口を見比べ、「それに、なんだかサザンカリフォルニアの良い午後のひと時を過ごしてるって感じで、”Never rains in Southern California" でも歌っちゃおうかなーって」

 「歌おう 歌おう」 と、田口は子供のようにはしゃぎ、身体を捻ってしなを作る。

 リサは、子供をなだめるように、両手で、まあまあと二人を制止、「その前に、ママにメールで、ヤスさんの居所聞いてみるわね」 と、テーブルの携帯を手に取る。

 優平と田口は同時に、椅子から腰を浮かし へっと、叫んだ。
 


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